このページは掲載イメージをご覧いただくためのサンプル記事です(団体は架空です)

かつて薪を採り、山菜を摘み、子どもが駆け回った裏山は、50年かけて「入れない森」になった。竹が密生し、日が差さず、けものだけが通る。その山に、月に2回、チェーンソーの音が響くようになって8年になる。

なにをしている団体?

町内の放置里山約3ヘクタールを借り受け、間伐・下草刈り・竹の伐採を行っています。月2回の定例活動には平均15名が参加。間伐材は薪に加工して地域の薪ストーブ利用者へ届け、収益を活動費に充てています。年4回、地元の小学生を招いた「森の教室」も開催。ロープ遊びや炭焼き体験を通じて、山を「怖い場所」から「面白い場所」へ変えることを目指しています。

写真①(団体提供):間伐後、光が差し込むようになった林内

はじまりの物語

始まりは、定年退職した5人の「昔この山で遊んだ」世代の茶飲み話でした。イノシシが畑に出るようになったのは、山と畑の境界が消えたからではないか。だったら、境界を取り戻そう——最初の年は、たった5人、のこぎりと鎌だけの活動でした。

「大げさなことは何も。子どもの頃に世話になった山への、恩返しですよ」

いちばん、うれしかった瞬間

3年目の春、間伐した斜面に、数十年ぶりにカタクリの群生が戻ったことです。地中で眠っていた球根が、光が届いた途端に一斉に花を咲かせた。あの紫の絨毯を見た瞬間、メンバー全員が手を止めて、しばらく誰も喋りませんでした。「山は死んでいなかった。待っていたんだ」と分かった日です。

写真②(団体提供):斜面に戻ったカタクリの群生

いま、困っていること

メンバーの平均年齢が68歳になったことです。チェーンソーを扱える人が限られ、新しい担い手が入ってこない。安全講習の費用や機材の更新費も自己負担が続いています。活動を発信する手段がなく、「知られていないから人が来ない、人が来ないから発信できない」の循環から抜け出せずにいます。

これからやりたいこと

週末だけ参加できる「若手コース」をつくり、町外からの参加者を受け入れる体制を整えたい。将来的には、再生した山を会場に、企業の研修や大学のフィールドワークを受け入れ、活動が自分の足で立てるようにすることが夢です。